東京高等裁判所 昭和27年(行ナ)11号 判決
原告 森強
被告 特許庁長官
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
二、事 実
第一、請求の趣旨
原告訴訟代理人は、昭和二十六年抗告審判第一〇一六号事件について被告が昭和二十七年四月十二日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求めると申し立てた。
第二、請求の原因
原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のように述べた。
一、原告は、昭和二十五年七月二十二日別紙記載の図形からなる商標について、第四十三類菓子及び麺麭の類を指定商品として、その登録を出願したところ(昭和二十五年商標登録願第一七三四八号事件)拒絶査定を受けたので、昭和二十六年十二月十三日右拒絶査定に対し抗告審判の請求をしたが(昭和二十六年抗告審判第一〇一六号)、特許庁は、昭和二十七年四月十二日原告の抗告審判請求は成り立たない旨の審決をなし、右審決書謄本は、同月二十日原告に送達された。
二、右審決は、原告の出願商標は、次に記載するように、拒絶査定に引用された登録商標第一九七五七号と類似し、かつ、同一の商品に使用するものであるとの理由でこれを登録するべからさるものであるとなしたのであるが、右審決は、次の理由によつて違法である。
(一) 原審決は、原告の商標と引用商標とはいずれも同心円の三重丸と龍の爪模様三箇とを三割状に配した点において、全く一致する程度に近似するものだとなしたが、その構図上の近似点を最も重視して、その近似点があるがゆえに、両商標は類似牴触するものだとなしたのは、不当である。
両商標が、各配合の曲線模様及び爪模様の各位置各数において異るところがなく、殊にいずれも全体の構図形態を「玉持龍の爪」紋章の図柄に原拠したものであることは、原告もこれを争わない。しかしながら、一般に図式商標における類似性の判断の問題は、常に図章構造の単純な比較のみによつて決せらるべきものとは限らず、汎く社会の習俗等に依つても決せられなければならないことがある。すなわち具体的各場合に在つて、時に比照せられる各商標の図形の間に、社会的に容認又は予定されたそれぞれの異る観念、ないし名称が存するような場合には、各々その観念又は名称等に従つて類似性の如何が論ぜられなければならない。この見地に立つて原告商標及び引用商標を対比観察すれば、これを表現する色調において、前者は概して陽、後者は全然の陰を以つてした差異が存し、かかる差異の存することは審決も認めているところであるが、この陽と陰との表現色調の差異にこそは、両商標が社会的認識において別異のものとして観察せらるべき重大な意味的理由が存する。詳言すれば、凡そ紋章には陽と陰との表現の別があり、その表現の別に従つて、一定の図柄が仮令紋章系譜上は、同一系列の同一種類に属するものであつても、これを陽紋章と陰紋章とに分つて観念せられ、殊に陰紋章については常に特別に「陰」の文字を冠して呼称せられるのを社会の通念ないし慣例とするものであるから、紋章におけるかかる通念ないし慣例は、同時にそのまま本件に通用せられてそのひとしく玉持龍の爪紋章の図柄に原拠して、しかし一は同紋章の陽に、他は陰に形どつたものであるから、右両商標は、社会上必然に殊別せられるべき識別の根拠が存するのである。
(二) 審決は、両商標は称呼及び観念を共通にするものであるといつているが、この点も承服しがたい。
元来、紋章慣習上は、陽を本則表現とし、陰の表現は特殊的例外的の場合に属するものであるから、この特殊的、例外的なものをことさらに選んで自家一己の表象となすものは、その陰面図柄はそのままその一家に限つての家紋の本則表現、即ち表家紋となり、この場合、陰面に対する陽面の図柄を以つてその家の陰紋章と為すことは紋章一般の使用約束に反することとなり、結局その者は当該紋章の陽面の使用を社会に向つて辞退したものと見るのを相当とする。
この見地に立つて本件を見れば引用商標権者は、玉持龍の爪紋章の図柄を商標の構図に選びながら、本則である陽の表現によらず、陰面表現に特定したことは、これによつて、その選定の当初において、ひとえに陰面についてのみの権利の設定保存を期待したものと見るべく、その商標権主張可能の限界は、当該特定の陰図柄に厳画せられて、それ以外の図柄にまでは及ばないものとせられ、その結果として、玉持龍の爪紋章の陽面図柄に付ての専用権能は最初から生ずることがなかつたものといわなければならない。若しこれに反し、ことさらに陰面を選んで自家の商標となしたものに対し、その権利の範囲が同紋章図柄の陽面の専用にまで及ぶものとすれば、それは商標権の反対的効果において社会に対し商品の混淆を防ぎ、その他取引の安全を期する商標権制度の目的に或は適合しても、他面において商標権制度の設置以前から汎く世間に行われている紋章の選定使用の自由を著しく阻害し、商標権制度のために別個正当に存する社会秩序を不必要過大に紛淆せしめるものに外ならない。換言すれば、文字、紋章等が商標権制度の設置以前から既に社会の文化的所産として発生し、それに固有の観念ないし名称が存するものについては、これを商標とした者は、それだけ独創のものを以てする場合に比して自己の権利の狭きを予定したものと見るべく、本件にあつても引用商標権者の権利の範囲は最大限度において、陰玉持龍の爪紋章又はこれに近似の陰図章にのみ限らるべきものである。
(三) 審決は、原告の商標と引用商標における陽と陰との差異は微差に過ぎず、かつこの異点は、世人の認識より離脱されがちであるから、右両商標は類似のものであるとしているが、この点も失当である。
すなわち、原告の商標は、爪模様部分を陰象的に表わしながらも、これに白抜割線を入れたことにより他の陽象部分と俟つて視覚上はこれを陽の色陽に吸収せしめて図形全体を陽のものに表現したものであるが、その構図の基調は、玉持龍の爪紋章の図柄と色調とにおいたものであつて、決して陰玉持龍の爪紋章の図柄と色調とにこれを求めたものでなかつたことは一見容易に鑑識し得るところであり、そして凡そ紋章には陽と陰との別があつて、両者は図形近似するとも恰も「表」と「裏」との文字におけるが如く決して同一意味のものとせられることのないのを社会通念における紋章上の約束であるとするならば、玉持龍の爪紋章に模象した原告の商標と陰玉持竜の爪紋章に模象した引用商標とは、絶対に混同して観念せられる虞はない。
殊に陽陰の異点は、世人の認識より離脱されがちであるとする審決の判断は、純粋に独創的な図式商標についてのみ当てはまるべき識別標準を以つて、我国社会に旧くから紋章の一種として特定の図柄と固有の名称とを有する玉持龍の爪紋章の図柄に原拠している本件の両商標を観察したもので、多大の独断と矛盾を含むものである。
(四) 更に審決は原告の商標と引用商標との間には、龍の爪模様の爪先の方向を相互に左右反対にする差異があるのに全然無視したのは、不当である。
原告の商標は、玉持龍の爪紋章を模象したものであつても、爪模様を陰象とし、これに白抜割線を入れた外に、爪模様そのものの向を、玉持龍の爪紋章における爪模様の向とは、これを逆にした点においてそれだけ独創的であつて、かつまたその点において構図の全体はこれを紋章概念に当てはめるならば、玉持龍の爪紋章としても、いわんや陰玉持龍の爪紋章としても、これを通用せしむるに由なく、強いて言えば「変り玉持龍の爪」紋章又は「三つ重ね輪に逆陰龍の爪」紋章とでも称すべきものの如くであるに比し、引用商標は、殆んど陰玉持龍の爪紋章の図形そのままのものであつて、当該図柄の上には何等の独創点もこれを認むべき余地がない。
そして紋章通念上は、一定の紋章図柄における一定の模様の一定の向如何は、紋章の名称そのものの所属を決するに重大なる関係を有するもので、しかも本件商標において三個の爪形模様の部分こそは、他の構成部分よりも一層重視せられて然るべき核心的構成部分であるから、爪先の方向を反対にするということは、すなわち図形構造を異にし、同時に社会的に観念上の差異を表現しているものである。
第三、答弁
被告代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因事実に対して、次のように答えた。
一、請求原因一の事実は、これを認める。
二、同二以下については、原告の主張を否認する。
原告の出願商標は、稍太い線で同心円の三重丸を画き、紋章図形である「龍の爪」のような図案三個をこの三重丸の図案の外円線とその内円線(中間線)とにまたがるように、且つ三割状に描出し、一見「玉持龍の爪」の紋章に近似するような態様である。そして上記「龍の爪」のような図案の部分は陰象として他の部分は陽象として表わしてなるもので、第四十三類菓子及び麺麭の類を指定商品としている。一方引用にかかる登録商標は、同心円の三重丸を画き、紋章図形である「龍の爪」のような輪廓図案三個をこの三重丸図案の外円線との内円線(中間線)とにまたがるように、且つ三割状に描出し、一見「玉持龍の爪」の紋章に近似するような態様である。そして全体を陰象として表わしてなるもので、旧第四十三類菓子を指定商品としているものである。
そこで両商標を比較して見るに、両商標は、右に述べたとおり、前者は紋章図形「龍の爪」のような図案を陰象とし、後者は紋章図形「龍の爪」のような図案を輪廓線のように画き、全体を陰象としているから、この点において差異がある。また両者において「陰象」として画いた「龍の爪」のような図案の表し方においても多少の差異はあるにしても外観上の類否は、その全体を比照すべきものであり、両者における同心円の三重丸と紋章図形である「龍の爪」のような図案三個を三割状に配している点極めて近似し、両商標を離隔し、商取引の経験則を勘案して観察するときは上記異点は極めて微差に過ぎないというを相当とし、外観上彼此相まぎらわしい、互に類似の商標と認めざるを得ない。
次に両商標を称呼上及び観念上よりみるときは、両商標間に陰と陽の表現を異にする点はあるにしても、このような特殊態様の紋章図案における差異は、社会通念上一般世人の認識より離脱され勝であるというべく、従つて両商標は、紋章図形の「玉持龍の爪」に近似する図案である称呼及び観念を共通にするものに外ならない。然しながら仮りに、陰と陽の差異が両者の称呼及び概念上にそれぞれ存するものであつて、「陰」と「陽」が称呼及び観念上に加えられたりとするも、全体の称呼は彼此まぎらわしく、又観念においても極めて近似するものであるという方が相当である。従つて称呼上及び観念上においても、前者は後者の類似商標たるを免れない。
且つ、両商標の指定商品は互に牴触するものであるから、原告の商標は、商標法第二条第一項第九号に該当し、その登録出願は拒絶せらるべきものである。
第四、(証拠省略)
三、理 由
一、原告主張の請求原因一の事実は、当事者間に争がない。
二、その成立に争のない甲第一号証(商標登録願)によれば原告がその登録を出願した商標は、別紙記載の図面のように、稍太い線で三重に同心円を画き、右同心円を三分割するように、内部の描線のみを残し他の全部を塗り潰したの図案三箇を外円線の外部から第二円線にかけて、尖つた部分が内部に向うように描いた図形によつて構成されており、当事者双方の主張に徴すれば、右三箇の図案は、「竜の爪」を陰象で現わしたものであり、全図形は、紋章上「玉龍持の爪」の一態様をなすものであることが認められる。
次にその成立に争のない乙第一号証によれば、審決が引用した登録第二九七五七号の商標は、全部を塗り潰した同心円の三重丸を画き、右同心円を三分割するように、外廓の描線のみを残し他の全部を塗り潰したの図案三箇を、外円の外部から第二円にかけて、尖つた部分が内部に向うように描いた図形によつて構成されており、やはり当事者双方の主張に徴すれば、右三箇の図案は「龍の爪」であり、全図形は紋章上「玉持龍の爪」の一態様で、全部を陰象で現わしたものであることが認められる。
なお、原告の商標が、第四十三類菓子及び麺麭の類を指定商品としていることは、前記一で認定したところであり、引用にかかる登録商標が第四十三類菓子を指定商品としていることは、前記乙第一号証により明らかである。
三、よつて右両商標が類似するかどうかを判断するに、両者はともに、三重の同心円を基調とし、これにいわゆる「龍の爪」の図案三箇を三割状に配して構成されるものであつて、もとより前者が「龍の爪」のみを、後者が全部をいわゆる陰象としており、また「龍の爪」自体についても、その方向及び細部の描き方において、前述のような差異があるが、かかる差異にもかかわらず、これを商標全体としていわゆる離隔的に観察するときは、外観上互に類似し、また観念を同じくしておるものと解するを相当とする。
原告は紋章上の理論並びに実際を詳細に説明し、前記両図形は、紋章としては、彼此互に混同すべからざる固有の観念と名称とを有するものであつて、商標が紋章のように古来社会の文化的所産として発生した図章からなる場合においては、これが類否の判断は、純粋に独創的な図式による商標の場合のように、単純にその図章の構造の比較のみによつて決定せらるべきではなく、汎く社会の習俗等によつて決定せられなければならないと主張するが、右両商標の共通の指定商品である菓子類の、今日における一般の取引者及び需要者が、果して原告が詳細に説明したような紋章上の理論ないし約束を理解し、(従つて、両商標が、果して一般に、審決の認定するように、「玉持龍の爪」という名前で呼ばれているかどうかも、当裁判所には明白でない)両商標を区別し、これを附した商品の出所について混同を生ずる虞がないものとは到底解し難いから、右の主張を採用しない。
四、して見れば、両商標は、すくなくとも外観と観念において類似し、その指定商品を一部共通とするものであるから、審決が、登録第一一九七五七号商標を引用して、原告の商標は、商標法第二条第一項第九号に該当するものとしたのは、相当で、これが取消を求める原告の請求はその理由がなく、棄却を免れない。
よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。
(裁判官 小堀保 原増司 裁判官梅原松次郎は退官につき署名捺印することができない。裁判官 小堀保)
(別紙)